“サンリオピューロランドのことむちゃくちゃ舐めてたんだけど、初めてミラクルギフトパレードみたときに、キティが悪役庇いながら「誰だって暗い気持ちになることがある!光を見たくないときも…」って全肯定するのに大号泣して「これディズニー超えてるじゃん…」ってなったから本当にみんな見てほしい”
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辻信太郎先生のお志が生きてるんですね。彼は立派な文学者だと思います。
“子供の頃、クラスのみんながサンタの正体についてあれこれ言ってるときに、「まったく何をとんちんかんなことを!」と聞く耳も持たないほどその存在を信じていたのは、25日の朝は親たちの枕元にも同じようにプレゼントが置いてあって、パジャマのまま家族みんなで大喜びしてたからです。”
— Twitter / @memocamera: 子供の頃、クラスのみんながサンタの正体についてあれこ … (via gkojax)
“米国内においては「英語話せる人=ちゃんとした人」という価値観は割と受け入れられてる。基本的に米国は、努力で変えられるもので人を判断するのはOKという考えなので。米国来たての日本人ほど「人種差別された!」って騒ぐけど、体感ではあれの半分位は英語力差別。”
— Willy OES 🌕さんのツイート (via himmelkei)
“「人生の教訓」(作者不明)私の人生でまなんだこと・・・ 6歳のとき 「きよしこの夜」を歌いながらいつも泣くから わたしはその先生が好きなんだとわかった 7歳のとき 飼ってる犬もわたしと同じでブロッコリーが嫌いなんだとわかった 9歳のとき 田舎の人は 手を振ると 仕事の手を止めても 手を振り返してくれるんだとわかった 12歳のとき お部屋を便利なように整えると ママはもう一度片付けろと言うことがわかった 14歳のとき 元気になりたいと思ったら 誰かを元気付ければいいとわかった 15歳のとき 認めるのは嫌なんだけど パパとママが厳しいのはいいことなんだとわかった24歳のとき アドバイスの言葉よりも 何も言わずにそばにいてくれる友達の方が 心を癒してくれるとわかった 26歳のとき わが子の髪をとかしてあげることは ほんとうに幸せなことなんだとわかった 29歳のとき わたしが行くところにはいつも この世で一番運転の下手な人がついてくるんだとわかった 39歳のとき 誰かがわたしの悪口を言ったら 自分は 誰もそれを信じないような 生き方をすればいいんだとわかった 42歳のとき 本当は自分をとても大切に思ってくれているんだけど その示し方がわからないだけという人がいることを知った 44歳のとき ちょっとした手紙を送るだけで 誰かの一日をいい一日にできるんだとわかった 46歳のとき 自己嫌悪の強い人は 他の人を責める気持ちも強いとわかった 47歳のとき おじいちゃんおばあちゃんと孫たちは 自然とチームを組むものなんだとわかった 48歳のとき 今日 何があろうと どんな悪いことが起ころうと 人生は続いていくし 明日はいいことがあるんだとわかった 49歳のとき 聖歌の「アメイジング・グレイス」を歌うと とても元気になることがわかった 50歳のとき ホテルのベッドのマットレスは 電話の傍じゃない方が寝心地がいいとわかった 52歳のとき この3つのことをどう処理するかで 男の人はだいたいわかると知った 雨の日 なくし物 こんがらがったクリスマスツリーのライト 52歳のとき 自分で野菜畑を作るのは いっぱい詰まった薬箱と同じ価値があるとわかった 55歳のとき 親とどういう関係にあろうが 親が死んだら本当に悲しいものだということがわかった 58歳のとき 「生きること」と「暮らしていくこと」は 違うんだとわかった 61歳のとき 子供に良くしてやろうと思ったら まず自分の夫婦関係を良くしなければいけないとわかった 62歳のとき 人生には二度目のチャンスが与えられているとわかった 64歳のとき 両手にキャッチャーミットを持ってたらいけない、 何かを投げ返せるようにならなくてはいけないとわかった 65歳のとき 幸せそのものを追い求めればそれは逃げていくけど 家族と、他の人の必要と、新しい出会いと、 ベストを尽くすことを心がければ 幸せが自分を見つけてくれるんだとわかった 66歳のとき 優しい心で何かをする時 それはたいてい正しいことだとわかった 72歳のとき 誰にでも祈ることが必要だとわかった 75歳のとき 奇跡を信じる者は報われるとわかった 実は わたしもいくつか奇跡を目撃したので 82歳のとき 苦しみがあっても 誰かの苦しみの種になる必要はないとわかった 85歳のとき 毎日誰かと触れ合うことが必要だとわかった 握手でも、抱擁でも、軽く背中をなでてやることでもいい 人は人のぬくもりが必要なのだと 92歳のとき まだまだ学ぶべきことがたくさんあるということがわかった”
— 人生の教訓-ノエビア販売代理店 大小路代理店 (via ne3) (via flickers1963) (via usaginobike) (via ozawa3106) (via machikoma) (via bridgestone) (via teucmhbolr) (via ohuzak1095) (via maconn) (via vmconverter) (via karlmcbee) (via konishiroku) (via plus16hours) (via kyohei1989) (via usaginobike) (via gkojay) (via muuuu) (via plasticdreams) (via hzmnryk)
“転職関係のライフハックで目から鱗だったのは元リクルートの子から聞いた「転職サイトから応募してきた人と自社ホームページから応募してきた人が同じくらいのスペックだった場合お金がかからない方が採用されるので、転職する際は転職サイトで求人を探し、ホームページから応募する。」です。”
“あるニワトリ小屋で、飼育員が毎日、エサを決まった時間に同じ量だけを与えていた。 飼育員は、非常に几帳面な性格だったらしく、何年間も正確に同じことをしていた。 さて、小屋の中のニワトリたちは、なぜ、毎日 同じ時間に 同じ量のエサが放り込まれるのか、その原理や仕組みをまったく想像しようもなかった。が、とにかく、毎日、決まった時間に同じことがおきるのだ。 いつしか、ニワトリたちは、それが「確実に起きること」だと認識し、 物理法則として理論化しはじめた。 そして、その確実な理論から、関連する法則を次々と導き出していき、 重さや時間の単位も、エサの分配についての経済や政治の理論もすべて、 毎日放り込まれるエサを基準にして行われた。 それは妥当なモノの考え方だ。 だって、それは「確実に起きること」「絶対的な物理法則」なのだから。 しかし、ある日、ヒネクレモノのニワトリがこう言った。 「でも、そんなの、明日も同じことが起きるとは限らないんじゃないの?」 そんなことを言うニワトリは、他のニワトリたちから袋叩きにあう。 「ばぁーか、なに言ってんだよ。いいか? この現象はな、この世界ができてから、ずーっと続いているんだよ。何十代も前のじいさんが書いた歴史書を読んでみろよ。それからな、この現象をもとにして書かれた理論、学術論文を ちゃんと読んでみろよ。 みんな、矛盾なく成り立っているだろ? それに、実験による確認だって、きちんとされているんだよ! それを何の根拠もなく疑うなんてな。そういう無知から、擬似科学やオカルトが始まるんだ。おまえは、もっと勉強した方がいいぞ」 しかし、ある日、不況の煽りをうけ長年働いた飼育員がリストラとなり、 ニワトリへのエサやりは、ズボラなアルバイトの役目となった。 次の日、ニワトリたちが、何十代もかけて構築した科学のすべては吹っ飛んだ。”
